【皇室典範改正】旧宮家は「600年前に離れた一般人」は本当か?その②【旧宮家養子案】

旧宮家

今回の記事でわかること

1 旧宮家の方々が、皇籍離脱後約80年にわたり国民として生活してきたことは事実。
2 しかし、皇籍離脱後も、新年祝賀や菊栄親睦会などを通じて皇室との関係が続いてきた。
3 「国民に広く知られていない」→「皇族として受け入れられない」とはならない。

前回の記事

前回は、旧宮家養子案の反対意見として、「600年も離れているから血筋が遠い」論について取り上げました。

今回は「80年近く一般国民として生活してきた」論への反論を書いていきたいと思います。


「80年近く一般国民として生活してきた」論

平成17年の有識者会議での指摘

平成17年(2005)の皇室典範に関する有識者会議報告書では、旧宮家養子案について以下のように指摘しています。

旧皇族は、既に60年近く一般国民として過ごしており、また、今上天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋の方々であることを考えると、これらの方々を広く国民が皇族として受け入れることができるか懸念される。皇族として親しまれていることが過去のどの時代よりも重要な意味を持つ象徴天皇の制度の下では、このような方策につき国民の理解と支持を得ることは難しいと考えられる。

皇室典範に関する有識者会議 報告書(内閣官房、PDF、平成17年11月24日)

今現在では、すでに旧皇族は80年近く一般国民として過ごしていることになります。こういった方々が国民から受け入れられることは難しいと指摘しています。


旧宮家と皇室との交際は失われていない

しかし、皇籍離脱から80年近く経っていても、旧宮家は今でも皇室との交際があります。

元日の新年祝賀

宮内庁によると、令和8年(2026)1月1日のご日程には、天皇皇后両陛下が「元皇族及びご親族」から新年祝賀を受けられていることが記載されています。令和7年(2025)1月1日のご日程にも同じく「元皇族及びご親族」の新年祝賀が記載され、その他の年も同様の記載があります。

⭐️参考 天皇ご一家のご日程 令和8年1月1日(木)(宮内庁)

つまり、旧宮家は法的には一般国民であることは確かです。しかし、宮内庁の公式日程上でも「元皇族及びご親族」として扱われ、皇室との儀礼的な関係が断絶しているわけではありません。

菊栄親睦会の存在

菊栄親睦会とは、皇族と、戦後に皇籍を離脱した旧皇族・旧宮家関係者などによる親睦団体です。

宮内庁によると、菊栄親睦会は「任意団体としての親睦会」です。会員については、秋篠宮皇嗣同妃両殿下を始めとする成年皇族、昭和22年(1947)に皇族の身分を離れた方のうち当主の系統にある方及びその配偶者、それ以降に皇族の身分を離れた方及びその配偶者と説明されています。

開催頻度については、近年はおおむね5年に1度程度とされ、直近の大会は平成26年(2014)5月18日に行われた「天皇陛下傘寿奉祝菊栄親睦会大会」です。宮内庁のご日程にも、同日に天皇皇后両陛下が「菊栄親睦会会員」と午餐をされたことが記録されています。

⭐️参考
第204回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第2号 令和3年2月26日 池田憲治政府参考人答弁(国会会議録検索システム)
天皇皇后両陛下のご日程 平成26年(4月~6月)(宮内庁)

故・寬仁親王のご発言

菊栄親睦会について、令和3年5月の皇室典範に関する有識者会議・第4回ヒアリング資料では、百地章氏が寬仁親王の発言として引用しています。

これによると、「現皇族と旧宮家の方々は皇籍離脱後も近しく付き合っており、その基盤として菊栄親睦会がある」というものです。資料では、寬仁親王が「菊栄親睦会」をベースに、ゴルフ好きの会なども作られていること、また正月や天皇誕生日には皇族と旧皇族が皇居に集まって拝賀を行うことに触れた、とされています。

⭐️参考 資料5 男系による皇位の安定的継承を 国士舘大学特任教授 百地章(内閣官房、PDF)

これは、旧宮家が戦後に皇籍を離脱した後も、皇室との私的・親族的な交流が続いてきたことを示す証言と言えます。

しばらく開会されていない理由

ただし近年の報道では、平成26年以降は開催されていないことから、交流が以前ほど活発ではないという指摘もあります。

5年に1度の皇室と旧宮家の交流の場「菊栄親睦会」は2014年から開催されず…関係性の変化と養子案の皮肉|日本の皇族存続への危機と「愛子天皇待望論」
今それが開かれたとしたら、大いに注目されるであろう集まりがある。それが、「菊栄親睦会」の大会である。 現…

菊栄親睦会は5年間隔ごとに開催されてきたとされる一方、平成26年以後開催されていないことには様々な理由が考えられます。

平成31年〜令和元年(2019)は上皇陛下の譲位と新天皇陛下の即位が関連する儀式が続きました。
その後間もなくコロナの流行があり、令和3年(2021)12月には旧宮家養子案を前向きに検討することとする有識者会議報告が政府に提出されたことにより、菊栄親睦会の開会そのものが今の皇位継承議論・皇族数確保議論と結びつきすぎて開催が困難になっているものと思われます。


「国民に知られていない」は決定的理由にならない

平成17年有識者会議報告書は、現代の象徴天皇制のもとでは皇族として親しまれていることが過去のどの時代よりも重要であるとし、これを理由に旧宮家を皇族として迎えることは困難としています。

皇后陛下や上皇后陛下、妃殿下方の例がある

しかし、皇后陛下や上皇后陛下、また親王妃殿下方も元は一般国民であり、皇族となる前から一般的に知られていたわけではなく、国民に広く親しまれていたという事実はありません。

皇后陛下は小和田恆氏第1女子として生まれ、外務省勤務を経て平成5年に天皇陛下とご結婚されています。
上皇后陛下も正田英三郎氏第1女子として生まれ、昭和34年に当時の皇太子明仁親王とご結婚されています。
秋篠宮皇嗣妃殿下も川嶋辰彦氏第1女子として生まれ、平成2年に秋篠宮皇嗣殿下とご結婚されています。

もちろん、皇后・妃殿下方が婚姻によって皇室に入られることと、旧宮家男子が養子として皇族となることは、制度として同一ではありません。しかし、「皇族となる前から国民に広く親しまれていなければ受け入れられない」という論理が成り立たないことを示す例としては重要です。

皇后陛下、上皇后陛下、妃殿下方が国民に親しまれるようになったのは、ご結婚後に皇族となってからのご活動、公務、時間の積み重ねによるもので、こうしたご活動が皇室の一員として国民に受け入れられてきたといえます。

令和3年有識者会議報告でも触れられている

皇籍を離脱して以来、長年一般国民として過ごしてきた方々であり、また、現在の皇室との男系の血縁が遠いことから、国民の理解と支持を得るのは難しいという意見もあります。しかしながら、養子となった後、現在の皇室の方々と共に様々な活動を担い、役割を果たしていかれることによって、皇族となられたことについての国民の理解と共感が徐々に形成されていくことも期待されます

報告 令和3年12月22日「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議(内閣官房、PDF)

この令和3年の有識者会議報告では、旧宮家とその子孫の方々が長年一般国民として過ごしてきたことや、現在の皇室との男系血縁が遠いことから、国民の理解と支持を得るのは難しいという意見があることを認めたうえで、養子となった後に現在の皇室の方々とともに活動し、役割を果たしていくことで、国民の理解や共感が形成されるという趣旨の説明をしています。

国民に受け入れられるかどうかは政府の説明にかかっている

平成17年報告は「国民の理解と支持を得ることは難しい」としていますが、そもそも国民が旧宮家について十分な情報を与えられていないなら、理解が進まないのは当然です。

国民の理解と支持を重視するのであれば、まず政府が旧宮家の歴史、皇籍離脱の経緯、旧11宮家が現行憲法・皇室典範下でも皇位継承資格を有していた事実、皇室との儀礼的・親族的関係について丁寧に説明する必要があります。
十分な説明をしないまま「国民の理解が得られない」と結論づけるのは、順序が逆ではないでしょうか。


まとめ

旧宮家の方々が、昭和22年の皇籍離脱以後、長年にわたり一般国民として生活してきたことは事実です。

しかし、その一点だけをもって、皇族として受け入れられないと断定することはできません。旧宮家関係者と皇室との儀礼的・親族的関係は断絶しておらず、また、皇族としての親しみや国民の理解は、皇族となった後のご活動と時間の積み重ねによって形成されていくものでもあります。

問題は「今知られているかどうか」だけではなく、政府が旧宮家の歴史と皇籍離脱の経緯を丁寧に説明し、国民が判断できる材料を示すことではないでしょうか。


次回の記事(最終回)

次回は最終回として、反対意見の最後の論点「憲法違反(法の下の平等違反、門地差別)」論について取り上げていこうと思います。

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