式典の概要と、その意義
昭和100年記念式典は、昭和元年(1926)から数えて満100年になる令和8年(2026)に、昭和という時代を国として振り返るために開かれた政府主催の式典です。
正式には、政府が令和7年(2025)11月28日に「昭和100年記念式典の挙行について」を閣議決定し、令和8年4月29日、つまり昭和の日に、日本武道館で開催されました。内閣府によると、その目的は「激動と復興の昭和の時代を顧み、将来に思いを致す機会」とされています(昭和100年記念式典の挙行について(内閣府,PDF))
式典の意義について、高市総理は式辞で次のように述べました。
日本の誇るべき国柄を、未来を担う次の世代へとしっかりと引き継いでいく。私たちには、その大きな責任があります。今日この日を、昭和の時代を顧み、我が国の伝統や歴史の重みを噛みしめながら、将来に思いを致す機会としたいと思います。
昭和100年記念式典高市総理式辞より(首相官邸)
つまり、昭和を単なる懐古ではなく、戦争、敗戦、復興、高度経済成長などを含む「激動と復興の時代」として振り返り、これからの日本を考える機会にするというものです。
天皇皇后両陛下の「お気持ち」
報道各社は式典について報道しましたが、高市総理の式辞に焦点を当てたものが多く、筆者確認の範囲では、全国紙では毎日新聞だけが、ご臨席された天皇皇后両陛下のお気持ちについて報じています。それによると、両陛下からのお言葉はなかったものの、宮内庁を経由した「感想」として
過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれた
引用:両陛下「深い反省と平和守る努力大切」 昭和100年式典で感想(毎日新聞)
とし、
式典に出席した両陛下は「激動と復興の昭和時代」を改めて振り返り、「戦中戦後に人々が味わった悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていくこと」を大切に思った
引用:同上
とのお気持ちを示されたことを報じています。
しかし、今のところ、「天皇皇后両陛下のおことば」などとして宮内庁から発表されているものでもなく、あくまで毎日新聞の取材をもとに宮内庁が回答したものです。なので、大前提として、これをもって「両陛下のお気持ち」が公式として示されたとみるのは「慎重になった方が良い」でしょう。
「深い反省」
「深い反省」が、何についての反省なのか直接的には示されていないものの、「過去の歴史」「平和を守る」という文言から、文脈的に、やはり過去の戦争のことを指しているのでしょう。
また、令和8年の天皇誕生日においても今上は「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省と共に、平和を守るために必要なことを考え、努力することが大切」と述べられています。今回の宮内庁コメントは、この天皇誕生日のお言葉の表現とかなり近いです。
ほか、上皇陛下も平成の時代に戦没者追悼式で「深い反省」という文言を使われたことがあります。よって、皇室が「深い反省」という言葉を使う時は、基本的に、過去の戦争に対するものとみるべきでしょう。
そして、やはりといいますか、この「深い反省」がネット上でかなり紛糾したようです。
「深い反省」に対するネット上の反応

この言葉がネットで紛糾するのは、やはり多くの人が「深い反省」を、単なる平和への祈りではなく、戦後史観、特に“日本は一方的な加害者だったのか”という論争に結びつけて読むからだと思います。日本が一方的に外国に対し悪い事をしたから「深い反省」が要求され、しかも、その謝罪ともとれる言葉を天皇陛下に発言させる(今回はお気持ちですが)ことに多くの否定的な意見が出たのでしょう。
ただ、皇室のお言葉の文脈では、「深い反省」はしばしば、
○過去の戦争に至った歴史を顧みること
○戦争で失われた命を慰霊し、苦難に思いを致すこと
○同じ惨禍を繰り返さないため、平和を守る努力を続けること
といった広い意味で用いられていることもあるので、単なる「謝罪」の言葉ではないことも認識しておきたいところだと思います。
とはいえ、戦争中心の内容に傾きすぎたか
式典は昭和100年を記念するものであり、必ずしも戦争だけを振り返る式典ではありません。
両陛下の「お気持ち」においても「『戦中戦後に人々が味わった悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていくこと』を大切に思った」とあるように、「戦前」については触れず、「戦後」については文脈から、終戦から間もない時期のことのみを指しているように思えます。昭和は戦争だけではなく、高度経済成長、新たな文化、公害、社会制度の変革、国民生活の変化など多様な要素があるわけです。
それを「昭和100年をほぼ戦争と反省だけで語るのか」という違和感はあります。
これもまた、ネットの炎上の原因になったのではないかと思います。
なぜお言葉がなかったのか
そもそも天皇陛下からのお言葉がなかったこと自体に不自然さを覚える人も多く、これも炎上要因になっていたようです。以下、推測・憶測ですが、お言葉がなかった理由を書いてみます。
理由 天皇陛下に「昭和」を総括させることを避けたか
政治的、歴史的に「昭和」という時代は、先述の通り、良くも悪くもあまりに変化が大きい時代で、天皇陛下に語っていただくのには、あまりにも繊細で重たいからではないでしょうか。肯定的に語れば「昭和礼賛」と取られ、反省を強調すれば「昭和批判」と取られる。どちらにしても政治的解釈を招きやすく、そうなれば天皇陛下ご自身や皇室への批判にもつながりかねません。よって、政府は天皇陛下からのお言葉を式次第に入れることに慎重になり、結果的に断念したのでしょう。
明治百年記念式典では昭和天皇のお言葉があった

明治100年にあたる昭和43年(1968)にも記念式典が開かれており、この時には昭和天皇が式典において、以下の通りお言葉を発せられています。
昭和天皇のお言葉
天皇陛下のお言葉(要旨)
明治改元からここに百年、我が国が近代国家としてめざましい発展を遂げ、本日の記念式典を迎えたことは、まことに喜びにたえません。
昭和43年11月6日(水曜日)官報 資料版 No.549 明治百年記念式典挙行
今日のこの発展は、明治維新以来の先人が、英知と勇気をもってなしとげた業績と、国民が相携えて幾多の困難を乗り越え、たゆまぬ努力を重ねて来た成果によることを思い、感銘深いものがあります。
いま、百年の歴史をかえりみ、また、内外の現状に思いをいたすとき、過去の経験と教訓を生かし、さらに、創意を加えて、よき将来の建設に努めなければならないと思います。
ここに、全国民が、決意を新たにし、一致協力して、物心両面の進歩向上をはかり、国運の進展と人類の福祉に寄与するよう、希望してやみません。
ここから分かることは、明治100年式典の昭和天皇のお言葉は、かなり前向き・建設的なトーンで語られていることです。意外なことに、明治元年以来の国内外の戦争に関する話題には一切触れられていません。「過去の経験と教訓を生かし」という表現はありますが、これは「深い反省」のような強い反省語ではなく、過去から学び、未来建設に活かすという穏やかな言い方です。
昭和の時代においては「明治」をポジティブに総括することが可能だった、その一方で令和の時代において昭和を同じように総括することは極めて繊細で難しいことだった。
ここに、今回の昭和100年記念との大きな違いを見いだせます。
昭和43年といえば、終戦からまだ23年しか経っていません。にもかかわらず、戦争・敗戦・反省を直接語らずに
○近代国家としての発展 ○先人の英知と勇気 ○国民の努力
○過去の経験と教訓 ○よき将来の建設 ○国運の進展と人類の福祉
という、かなり前向きな語彙で構成されています。
一方で、戦争から80年を過ぎた令和の時代においては「深い反省」が前面に出てくる。これはとても不思議な逆転が起きているように思います。
戦争が遠い時代になったからこそ、なのか?
なぜこのような逆転現象が起きたのか?について考えてみます。
それは、戦後から時間が経ったことで、逆に戦争を意識的に語らなければならなくなったからではないでしょうか。昭和43年には、まだ戦争体験者が社会の中に大量にいました。言わなくても記憶が共有されていた。ところが令和になると、戦争を直接知る世代は急速に少なくなり、昭和の記憶も「懐かしい時代」「高度成長」「昭和レトロ」に寄りやすい。だからこそ、皇室の側では「平和への継承」をあえて強調する必要が増した、という面があると思います。
つまり、逆説的ですが、
戦争が近かった昭和43年には、あえて戦争を語らず、復興と未来建設を語った。
戦争が遠くなった令和には、あえて戦争を語り、平和の継承を強調する必要が出てきた。
ということではないでしょうか。
なお、平成24年(2012)には大正100年を迎えたものの、これを祝う「大正100年記念式典」の類は特に開催されることはなかったようです。


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