
今回は、『女性自身』8月3日の記事「《養子案に警鐘》東大名誉教授が提言…皇位継承で「女性宮家」を議論すべき理由」について反論を書いていきたいと思います。
本郷恵子氏は東京大学名誉教授・日本中世史研究者の肩書きを持っています。
0 本郷氏の意見
- 旧宮家男系男子の養子案には否定的
- 直系の愛子内親王殿下がいるのに何十親等も遠縁の男性を養子に迎えるのは国民感情に合わない
- 女性皇族が婚姻後も皇族に残るなら、夫と子も皇族にすべき
- しかも「1代限り」で終わらせるべきではない
- 女性天皇と女性宮家は不可分なので、女性天皇についても議論すべき
- 人格が優れているから天皇に、という「人気投票」の論理は間違い
- 天皇はあくまで「血筋」でなるものであり、直系として受けてきた教育・育ちを重視すべき
このことからまとめると、本郷氏は、
愛子内親王殿下の即位、女系天皇の実現に賛成していることが分かります。
また、天皇の資格は「血筋」であり、国民の人気ではないとしています。
本郷氏の言う「血筋」が具体的に何を意味するのかは曖昧ですが、「常に直系を優先し、男系・女系を問わない」という意味ではないかと思われます。
1 愛子天皇実現は不可能
引用 本郷氏の発言
「まず前提として、実際に秋篠宮殿下が皇嗣殿下になられた現在、(皇位継承順位を)変えられるのか否かは、私にもわかりません。しかし、これだけ『愛子天皇』を希望する世間の声が出ているということは、やはりきちんと考えなければいけないことです」
「(愛子天皇実現を)きちんと考えなければいけない」ということは、本郷氏は積極的か消極的かは分かりませんが、秋篠宮殿下の皇嗣の地位を廃することに賛成の立場にあることが分かります。
皇嗣殿下の順位変更は事実上不可能
皇嗣殿下の皇位継承順位は、皇室典範の規定に照らせば変更することが可能です(典範第3条)。
ただしそれはあくまで「理屈の上では」の話であり、現実的なハードルは極めて高く「不可能」と言って良いものです。
皇嗣殿下には令和2年11月に、天皇陛下による立皇嗣宣明が行われているため、今後、皇位継承順位が移動することはまず起き得ません。
本日ここに,立皇嗣宣明の儀を行い,皇室典範の定めるところにより文仁親王が皇嗣であることを,広く内外に宣明します。
立皇嗣宣明の儀の天皇陛下のおことば(令和2年11月8日、宮内庁)
この上で皇位継承順位を動かすためには、天皇陛下の立皇嗣宣明を覆すことが求められます。これは皇嗣殿下のみならず、天皇陛下ご自身の権威にも大きな傷を残すこととなります。
よって、本郷氏の言う「継承順位を変えられるのか否かは、私にも分かりません」というのは「不可能」という言葉を避けたいがための誤魔化しに近いものであると言えます。
本郷氏が本来主張すべきは、現実的に不可能な「愛子天皇実現」ではなく、皇嗣殿下の即位以後、愛子内親王殿下をはじめとする女性皇族が「女性宮家」をつくる流れを支持することではないでしょうか。
そして、性別に関わりなく直系長子継承をとるというならば、将来的なシナリオとしては、佳子内親王殿下が即位することとなるはずです。
実体不明の「『愛子天皇』を希望する世間の声」
本郷氏は「愛子天皇を希望する世間の声が多い」としていますが、これを世論調査を根拠にしたものであるとすれば、その実体はかなり危ういものです。
というのも、愛子内親王殿下の即位を希望するかを尋ねた世論調査自体がほとんど見当たらないためです。この問題については以下の記事をご覧ください。

2 旧宮家の男系子孫は現皇室の親戚である
引用 本郷氏の発言
何十親等も離れた方を養子に入れるのは、現代を生きる私たちの家族観からすれば、まず受け入れられないでしょう」
これは、旧宮家の方々や旧宮家養子縁組制度を批判するために用いられる常套文句ですが、印象操作を多く含んでいるものであり、注意が必要です。
「何十親等」はミスリードによる印象操作
この「何十親等」という表現のもとは、
今上陛下と旧宮家の共通の男系祖先として最初にたどり着くのがおよそ600年前の伏見宮貞成親王であることを根拠にしたものです。
確かにこの意味では「何十親等も離れている」と言えます。
しかし、旧宮家と現皇室の系図が分岐して以来およそ600年間、両者間に何の関係もなかったわけではありません。
もっとも分かりやすい例で言うと、昭和天皇の皇后である香淳皇后は旧宮家である「久邇宮家」のご出身です。つまり、上皇陛下から見れば久邇家の現当主(久邇邦昭氏)はいとこ関係にあり、親等で言えば4親等、今上陛下から見れば5親等ということになります。
よって何十親等という表現はミスリーディングを誘うものであり、現皇室との親戚関係を完全に無視したものとなっています。
本郷氏は「現代を生きる私たちの家族観からすれば」と前置きしているにも関わらず、この点を無視して養子制度を否定するのは不審です。また、ここでは触れていませんが、中世史を専門にしている本郷氏が「世襲親王家」の存在を知らないはずはないと思われ、なぜこういった主張をされるのかは不明です。
この問題については、以下の記事で詳しく取り上げています。

3 養子皇族男子の子孫は「生まれながらの皇族」である
引用 本郷氏の発言
(天皇になるためには)お生まれになったときから天皇になられるためのご自覚を培うことが大事なんです。人気投票のように持ち上げるのではなく、『天皇の直系としてお父さまたちから何をご教示されてきたか』という本質的なお育ちの重みを見るべきです。
天皇の世襲というのは、人権も制限される中で『運命を引き受ける』という非常に迫力のある生き方です。たまたま15歳以上だから自由意志で養子を取ればいい、という議論とは次元が違うのです」
青文字は筆者による注記
本郷氏は、天皇になるためには、生まれた時からの父親などの教育によって、天皇になるためのご自覚を培うことが大事だと主張します。そして、旧宮家からの養子皇族男子は、それとは「次元が違う」として退けています。
しかし、養子皇族男子には皇位継承資格はありません(改正皇室典範38条)。
資格を持つのは、その次の世代からであり、養子皇族男子の子や孫は「生まれながらの皇族」です。
よってこの批判については制度を正しく把握されていないために出てきたものと思われます。

新設される「養子皇族男子」についてはこちらで詳しく触れています。
4 まとめ
本郷氏は女性宮家や女性天皇の必要性を訴えていますが、その前提となる旧宮家養子縁組制度への批判には疑問が残ります。
「何十親等も離れている」という表現は、現在の皇室との近い親族関係を無視したものであり、養子皇族男子についても、本人には皇位継承資格がないという制度上の前提が十分に考慮されていません。
また、「愛子天皇」を望む世間の声を重視する一方で、「天皇は人気投票ではない」とする主張にも緊張関係があります。
女性宮家や女性天皇を議論すること自体は否定しません。しかし、旧宮家養子案を印象論で退けるのではなく、それぞれの制度を正確に比較した上で議論すべきではないでしょうか。


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