【反論】「陛下のお怒り」は誰が知ったのか?天皇の政治利用が止まらない週刊誌【文春】

天皇陛下(令和)

今回は8/26付『週刊文春』の、「《核心証言「陛下のお怒り」》天皇と高市首相の「緊迫会談」〈1対1の内奏で…〉」という記事について反論・感想を書いていきます。

《核心証言「陛下のお怒り」》天皇と高市首相の「緊迫会談」〈1対1の内奏で…〉 | 週刊文春
皇室典範改正を強行し、終戦の日の式典では「反省」を封印した高市首相。天皇は1対1の内奏で… 6月29日夕刻、黒塗りの車列が皇居に押し寄せた。厳重な警護に囲まれ、トヨタの最高級車「センチュリー」から…

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『週刊文春』の記事は、天皇陛下と高市首相の間には、戦争観や皇室典範改正をめぐって考え方の隔たりがあり、その溝が深まっているという構図で書かれています。

記事の締めくくりは

天皇と高市首相。その戦争観、そして平和を希求する想いは、ますます隔たりが拡大している。

としており、
要するに、「天皇陛下 vs 高市総理」を煽っている内容です。


1 対立構造のでっちあげ

式典をめぐる陛下の「お怒り」?

記事は、
令和8年4月29日の昭和の日に挙行された「昭和100年記念式典」で

・高市総理は式辞で「反省」に触れなかった。
・式典で天皇陛下のお言葉がなかったのは、総理が「陛下に反省の意を述べられたら困る」から
・式典翌日に示された両陛下の所感は異例であり、「お怒りが伝わってくるような内容」である。

としています。

まず、昭和100年記念式典は「戦争・反省・追悼」だけをテーマにした行事ではありません。

もちろんテーマには戦争も含まれますが、戦前や戦後復興→高度成長→文化・社会の発展 という昭和の100年間という幅広い時間軸を掲げるものです。
また、政府はこの式典を「激動と復興の昭和の時代を顧み、将来に思いを致す機会」としています。

よって、総理が式辞で「反省」を言わなかったことは陛下の戦争観との溝を示すものとは言えないでしょう。

何が異例なのか…?

「式典でお言葉の機会がなかったことを受け、宮内庁は翌30日に両陛下の所感を発表する異例の形式をとりました。

記事より引用

また、翌日に両陛下の所感が示されたことは「異例の形式」とありますが、異例も何も、前例となるのは「明治百年記念式典」しかない以上、単に「前回とは違った」としか言えません。

お怒りが伝わってくる…?

さらに、「天皇と接する立場の政府関係者」の証言として、両陛下の所感は「お怒りが伝わってくるような内容」であるとしています。

 宮内庁は30日、政府主催の「昭和100年記念式典」に出席された天皇、皇后両陛下について「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれた」と明らかにした。

毎日新聞「両陛下『深い反省と平和守る努力大切』 昭和100年式典で感想」2026年4月30日

どこに「お怒り」を感じさせる要素があるのか僕には分からないので誰か教えていただきたいです。
陛下の「お怒り」をでっちあげるのはやめましょう。

内奏の回数で陛下との「溝」を印象付ける

記事では、野田元総理が「月1回程度あった」としている内奏を、高市総理は「昨年10月の就任以来、今年6月下旬までの内奏は6回」とし、「歴代首相と比べて決して多いとは言えず」としています。

本当にそうなのでしょうか?

表 野田総理以降の歴代総理の内奏回数

総理在任日数内奏回数平均間隔1年換算
野田佳彦481日約8回約60日に1回約6.1回/年
安倍晋三2,821日約59回約48日に1回約7.6回/年
菅義偉383日10回約38日に1回約9.5回/年
岸田文雄1,093日24回約46日に1回約8.0回/年
石破茂385日9回約43日に1回約8.5回/年
高市早苗319日※7回約46日に1回約8.0回/年
公開された首相動静を筆者が集計したもの ※高市首相は2026年9月5日現在。

首相動静の日別一覧(官邸ログ)

となり、高市総理の内奏回数は歴代と比べて少ないとは言えません。
野田総理の「月1回程度あった」というのも一致していません。

このように不正確なことを書き付けて、陛下と高市総理の対立構造を煽るのはいかがなものでしょうか。溝があるのではなく、文春が溝を作っているように見えます。


2 「内奏」報道をめぐるマスコミの”前科”

文春は、天皇と総理の一対一であり、その様子も外部から分からないはずの内奏の内容について、次のように触れています。

事情を知る官邸関係者が明かす。

「この内奏の翌30日には改正案の閣議決定を控える重要な局面だった。自ずと天皇への内奏は改正案に関するものになりました。高市氏の説明に耳を傾けた天皇は厳しい表情で、6月11日の記者会見で言及されたような反応をなさったとされます。極めて異例なことであり、さすがの高市首相もこのやり取りを重く受け止めた。官邸に戻ると、木原官房長官らごく一部の側近たちに内奏の様子について明かしていたようです」

記事から引用

これが真実であると仮定すると、
内奏で話された内容や、陛下の表情が外部に漏れ伝わるということは、「高市総理が木原官房長官などの側近に話した」、そして「その側近の誰かからさらに周囲へ拡散」というルートしか考えられず、高市総理の責任問題になってきます。

内奏の様子を捏造した「前科」のあるマスコミ

今回の高市総理の内奏の様子について、僕は真実であるとも、捏造であるとも判断しません。
それは「外部からは真偽を確認しようがないから」ということが最大の理由ですが、それ以外にも、内奏をめぐりマスコミは発言を捏造し、宮内庁から抗議を受けた事例があるからです。

以下詳細の内容は割愛しますが、宮内庁公式による情報源を提示します。

令和元年(2019) 『毎日新聞』の内奏報道への宮内庁説明

天皇陛下に対する総理内奏に関する記事について(令和元年5月22日)

平成25年(2013) 『週刊新潮』皇室典範・女性宮家等の記事への宮内庁抗議

週刊新潮記事(平成25年6月27日号)への宮内庁の見解と対応 (平成25年6月20日)


まとめ 

外部からの検証が不可能である以上、今回の『週刊文春』の記事が事実であるとも、虚偽であるとも僕には判断できません。

仮に事実と違う内容が報道されたとしても、天皇・皇族は政治的な問題について自由に反論できる立場ではなく、宮内庁がすべての報道に逐一反論することも現実的ではありません。

その結果、匿名の「関係者」が語る「陛下のお気持ち」が一人歩きしやすい構造があります。

これを良いことに一部マスコミは、自らの政治主張を権威づけるために「陛下はお怒りである」「厳しい表情をされた」と憶測や不透明な匿名証言、時には捏造までして、「高市総理は陛下に背いている」というストーリーを作り上げる「天皇の政治利用」を行なっています。

高市総理の政策や歴史認識を批判するのであれば、本人の発言や政策を材料にすればよいだけなのではないでしょうか?


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「なぜ昭和100年式典では陛下のお言葉がなかったのか」について、僕の考えをまとめてあります。

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