【お祝い】悠仁親王殿下、対馬へ――ご誕生から20年、「秋津島」へつながる夏

天皇

悠仁親王殿下(以下、「悠仁さま」と表記させていただきます)は、9月6日にお誕生日を迎えられ、二十歳となられました。
今回はその直前の『週刊文春』9/2付記事で明らかになった、対馬ご訪問について取り上げます。

悠仁さま20歳「極秘旅行」と「3つの傷」《対馬で独占キャッチ》《貴重肉声「イモリ解剖、変な先生、試験60点」》 | 週刊文春
「次世代の天皇」が9月6日、20歳の誕生日を迎えられる。だが、その歩みは決して順風満帆なものではなかった。家族、進学、公務――様々な問題を抱えながら、悠仁さまはこれから新たな天皇像を模索されていくこ…

1 対馬を訪問された悠仁さま

8月17日、島の中央に位置する小さな空港では厳戒態勢が敷かれていた。午後3時頃、空港のロビーに姿を現したのは、大きな荷物を抱えた40名ほどの若者たち。男性が中心だが、一部女性の姿も見える。

記事から引用

文春は、8月17日、対馬の空港に40名ほどの若者たちと共に悠仁さまの姿があったとしています。これは、筑波大学の野生動物研究会「やどけん」の合宿で対馬入りしたと見られるもので、「40人ほどの若者」というのは同大学の学生たちでしょう。

対馬市の県営研修施設を拠点として、生物観察・昆虫採集を行い、ツシマヤマネコの保護活動を行っている対馬野生生物保護センターなども訪問されたようです。

文春はこのご訪問を「極秘旅行」としていますが、宮内庁は大学サークルのご活動のひとつであるために公表しなかったのでしょう。筑波大学関係者や同大学の学生は当然知っていることでしょうから、いわゆる秘密裏に行われる私的旅行とは言えず、「極秘」は週刊誌の単なる「煽り文句」以上の意味はなさそうですね。

宿泊先は「長崎県立対馬青年の家」の可能性が極めて高い

文春は名前を伏せていますが、悠仁さまが宿泊された「山奥の県営研修施設」は「長崎県立対馬青年の家」でしょう。

文春の言う「空港から約1時間」「県営研修施設」「大学生くらいの年代で1泊1200円」「宿泊棟・二段ベッド」「テントや飯盒炊爨の設備」などの条件とほぼ完全に一致するのが同施設です。

長崎県立対馬青年の家(公式)


2 20年前、秋篠宮殿下も対馬へ

父子ともに研究旅行へ

ちょうど20年前、秋篠宮殿下も対馬を訪問されています。

宮内庁のご日程によると秋篠宮殿下は、平成18年(2006)8月10日〜8月12日にかけて、「総合研究大学院大学研究会」出席のため対馬をご訪問。対馬野生生物保護センターをはじめ、峰町歴史資料館(現「峰町歴史民俗資料館」)、あそうベイパーク、県立対馬歴史民俗資料館(現在は閉業)などをご視察になっています(秋篠宮家のご日程 平成18年(7月~9月)、宮内庁)

この対馬ご訪問は、市の当時の広報によると、総合研究大学院大学の現地研究会、「対馬―野生生物(ヤマネコ、馬、鶏、森)と地域住民―」への参加が目的でした。
つまり、「ヤマネコを見に行く旅行」なのではなく、野生生物の研究活動としてのご訪問だったわけですね。

そして、このご訪問のわずか1ヶ月後の9月6日に悠仁さまがお生まれになりました。
父宮が対馬の自然に触れられた夏から今年はちょうど20年。
悠仁さまもまた、生物学を学ぶ大学生として、20年越しに同じ島を訪問された。

そう考えると、少し不思議で面白いつながりを感じますね。


3 悠仁さまとトンボ――「秋津島」へ

トンボでつながる悠仁さまと対馬

悠仁さまは幼少の頃からトンボを観察・研究され、今年初めて参加された歌会始でもトンボを題材に、マルタンヤンマの歌を詠まれています。

薄明かり黄昏とんぼは橋のうへ青くつきりと俊敏に飛ぶ

宮内庁によると、
ある夏の黄昏時に、赤坂御用地内で見つけたトンボに目を凝らしたところ、青い模様がくっきりと見え、それが普段は高いところを飛ぶために近くでの観察が難しい「マルタンヤンマ」であることが分かり、その時の嬉しかった思い出をお詠みになったもの、とのことです。

令和8年歌会始御製御歌及び詠進歌(宮内庁)

対馬はヤマネコだけではなく、本土では見られない生物が多く確認されており、令和3年(2021)では朝鮮半島・中国などに分布する「チョウセングンバイトンボ」が日本で初めて観察されました。
対馬博物館は同島を生態系の「陸橋」つまり大陸・半島と日本を結ぶ橋の役割を担う島であるとしています。

対馬は、生物を研究する秋篠宮殿下や悠仁さまにとって極めて魅力的な「陸橋の島」であると言えますね。

神話・古代史とも縁が深いトンボ

トンボは、日本神話・古代史ともに象徴的な生き物として登場します。

『日本書紀』神武天皇31年4月1日条では、天皇が大和国を見渡して、その形を蜻蛉(あきつ。トンボの古名)のつがいが交尾して輪になった姿になぞらえたことから、大和国を指して「秋津洲」と呼ばれるようになったとされています。
また後には、「秋津洲」の名は大和国だけでなく、日本列島全体を指す美称として使われるようになったようです。

さらに『古事記』雄略天皇条には、「阿岐豆野」(あきづの)に行幸した時、天皇を咬もうとしたアブをトンボが捕らえたため、天皇がこれを讃え、「蜻蛉の名を負う倭(やまと)の国を『蜻蛉島』と言ふ」と歌った話があります。

トンボを好まれた一人の皇族が、やがて「秋津島」と呼ばれた国の皇統を継ぐ立場にある、このように考えると胸が熱くなりますね。


二十歳のお誕生日をお祝いします

このように、悠仁さまは幼少から追ってこられた生物の研究を大学でも追究され、一方では皇族のお役目を精力的にこなしておられます。

対馬ご訪問前の8月7日には、広島県において、初めて全日程単独で地方公務を行われました。広島市の平和記念公園では原爆慰霊碑に供花され、その後同県の日本スカウトジャンボリーに参加され、同世代の若者たちと交流されました。

現在悠仁さまは皇位継承順第二位であり、父・秋篠宮皇嗣殿下に次ぐ立場におられます。
また、令和8年9月現在、次世代唯一の男性皇族であり、周囲からの期待と同時に、常にお立場としての重圧もあるはずです。

このような中、少しでも悠仁さまがご自身の興味・関心のある分野に携わり、これからも学問を深められることを、1人の国民としてお祈り申し上げ、二十歳のお祝いの言葉といたします。

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