令和8年(2026)11月3日配信の『ABEMA TIMES』は、旧11宮家の男系男子の子孫を皇族の養子として迎える制度について、憲法上の問題点を取り上げました。
記事では、小林よしのり氏らが養子制度を「門地による差別」として違憲訴訟を提起したことや、皇室解説者の山下晋司氏が政府の説明に疑問を呈したことなどが紹介されています。

しかし今回の議論では、
昭和22年(1947)の皇籍離脱が行われた「占領下」という特殊な事情と、
現在の皇室が置かれている状況の違い
これを十分に考慮する必要があるでしょう。
1 旧11宮家の皇籍離脱は占領下で行われた
山下氏は、旧11宮家の皇籍離脱が「本来は旧憲法・旧皇室典範下で予定されていた」ことを指摘し、新憲法下でも皇族だったことを養子制度の合憲性の根拠とする政府の説明に疑問を呈しています。
確かに、旧11宮家の臣籍降下が昭和22年5月の新憲法施行以前に予定されていたことは、当時の国会答弁からも確認できます。
「當時において皇族方の臣籍降下の関係が、新憲法の施行前に豫定せられておりましたので、」
第1回国会参議院皇室経済法施行法案特別委員会第2号(昭和22年8月20日)、塚越虎男政府委員答弁(国会会議録検索システム)
しかし、その経緯を評価するにあたっては、当時が敗戦と連合国軍による占領という、極めて特殊な状況にあったことを忘れてはなりません。
GHQの占領政策の下で、皇室財産には多額の財産税が課され、各宮家への歳費も打ち切られました。こうした経済的事情が皇籍離脱の判断に大きく影響したことは、当時の政府説明からも明らかです。
「戦後の国外国内の情勢、なかんずく新憲法の精神、新憲法による皇室財産の処理及びこれに関連する皇族費等諸般の事情からいたしまして、この際、これらの方々の皇籍離脱の御意思を実現いたしますことが適当であるという状況にあると考えられるのであります」
第211回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号(令和5年2月20日)、池田憲治政府参考人答弁(国会会議録検索システム)
また、昭和天皇や11宮家の皇族方が、必ずしも積極的に皇籍離脱を望んでいたとは思えません。
『梨本宮伊都子妃の日記』には、昭和21年(1946)11月29日に昭和天皇が臣籍降下についてお話しになった際の、苦渋に満ちた様子が記録されています。
旧皇族の伏見博明氏の著書『伏見博明自伝 菊のこころを護り続けて』には、次のようにあります。
皇籍離脱をめぐっては、GHQの指示ではなく宮家側が自主的に申請したという解釈がある。実際に、戦後首相に就任した東久邇宮稔彦王が自ら離脱の意向を表明している。
これに対し、伏見氏は本編で「『臣籍降下したい』と自ら進んで言うことはあり得ません。逆に『臣籍降下は嫌だ』と言うものでもありません」などと強調した。自らの意思よりも、国が決めたことに従ったということで、直宮家を含む当時の宮家もそういう認識が多数だったと考えられる。GHQがすでに十一宮家に対する経済的特権の剥奪を強行していたことから、その時点で皇籍離脱の流れは不可避だったといえそうだ。
『伏見博明自伝』Kindle版、第四章「平民」になる 位置No.84-85

11宮家の臣籍降下については、やはり敗戦・占領下という極めて特殊な状況を考慮するべきであって、その降下の意思にどこまでの積極性があったかについては相当慎重に考えるべきでしょう。
2 当時は皇位継承に不安がないと判断されていた
もう一つ見逃せないのが、皇位継承資格者の人数です。
昭和22年10月13日の皇室会議で、議長を務めた片山哲首相は、11宮家が皇籍離脱した後も、昭和天皇の皇子2人、皇弟3人、皇甥1人の計6人の男性皇族が存在することを説明しました。
このことから、皇位継承について不安はないとの認識を示しています。
「皇位継承の御資格者としましては、現在、今上陛下に二親王、皇弟として三親王、皇甥として一親王がおわしますので、皇位継承の点で不安が存しないと信ずる次第であります。」
国立国会図書館WARP保存版「昭和22年10月の皇籍離脱について」(PDF)
つまり当時の政府は、11宮家を皇籍から離脱させても皇位継承に支障はないと判断していたのです。
ところが、約80年を経た現在はどうでしょうか。
皇位継承資格者は秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下、常陸宮正仁親王殿下の3方のみとなり、次世代の男子皇族は悠仁親王殿下お一方という状況です。
昭和22年当時には、皇位継承資格者が十分に存在すると判断されていたのに対し、現在の状況はまったく逆で、皇族数が不足し、安定的な皇位継承の確保が課題となっているのです。
当時の「もともと皇籍離脱する予定だった」という状況を、今の養子制度への批判の根拠とするのはあまりにも根本的な状況の違いを無視してはいないでしょうか。
3 旧宮家の男系男子を皇族に迎える合理性
このことを考慮すれば、
かつて皇族の身分と、皇位継承資格を有していた旧11宮家の男系男子の子孫を皇族に迎えることには、十分な合理性があると思います。
もちろん、今上陛下→皇嗣殿下→悠仁親王殿下 までの継承の流れはゆるがせにしてはならないのであって、旧宮家からの養子皇族やそのご子孫の役割については、天皇陛下はじめ悠仁親王殿下までをお支えすることが第一義であると考えます。
旧宮家筋からの皇位継承については、「もしもの場合に備えて」というのが本分といえるでしょう。
4 人物論で議論してはならない
山下氏の発言には強く共感できる部分もあります。
それは、愛子内親王殿下への期待や秋篠宮家への反発など、特定の皇族に対する好悪が皇位継承制度の議論を左右しているという指摘です。
皇位継承制度は、現在の皇族方だけのために存在するものではありません。
今を生きる私たちが決定する制度は、数十年、数百年という長い時間にわたって将来の皇室と国民に影響を及ぼします。
そのような制度を、現在の特定の人物に対する人気や反感によって変更することは、将来世代に対して不誠実ではないでしょうか。
昭和22年の政府が皇位継承に不安はないと判断したにもかかわらず、今日では皇位継承資格者の減少が深刻な課題となっています。
私たちは、この歴史から教訓を得るべきです。
目先の状況や感情に左右されるのではなく、将来にわたって皇統を安定的に継承していくために何が必要なのか。
その長期的な視点こそが、現在の皇位継承制度をめぐる議論に求められているのではないでしょうか。

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