令和8年(2026)5月、今国会で改正皇室典範の成立が現実のものとなりつつある今こそ確認しておきたいのが、令和3年(2021)の有識者会議(正式には「『天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議』に関する有識者会議」)。
その有識者会議により国会に示された報告書は、6月現在、与野党により行われている皇室典範改正論議の土台そのものであり、まさに今読むべき基礎資料といえます。
⭐️参考
・報告書(令和3年12月22日決定、内閣官房)
・皇室典範改正へ最終局面か 自民・麻生副総裁「取りまとめ段階」今国会での法改正に意欲(FNNプライムオンライン・2026年5月23日報道)
・有識者会議に至るまでの経緯についての解説(当サイト)
議論の大前提 現在の継承順位を変えず、まずは皇族数を確保する
悠仁親王殿下までの継承を「ゆるがせにしてはならない」
「 会議としては、今上陛下、秋篠宮皇嗣殿下、次世代の皇位継承資格者として悠仁親王殿下がいらっしゃることを前提に、この皇位継承の流れをゆるがせにしてはならないということで一致しました。
有識者会議報告書 4.皇位継承と皇族数の減少についての基本的な考え方 より
悠仁親王殿下の次代以降の皇位の継承について具体的に議論するには現状は機が熟しておらず、かえって皇位継承を不安定化させるとも考えられます。」
会議では、皇位継承議論の大前提として、「今上陛下→秋篠宮皇嗣殿下→悠仁親王殿下」の流れを「ゆるがせにしてはならない」と結論しています。
皇室典範では、皇位継承順位が定められ、現在の順位は、第1位が皇嗣殿下、第2位が悠仁親王殿下、第3位が常陸宮正仁親王殿下(上皇陛下の弟)と決められています。
有識者ヒアリングでも悠仁親王殿下までは変えるべきでないとの意見がほとんどを占め、直ちに変更すべきとの意見は21名中わずか1名のみだったことも、この結論を後押しする根拠として挙げられています。
棚上げにされた「安定的な皇位継承」
そして、悠仁親王殿下の次の世代からの皇位継承については「機が熟しておらず」、議論を回避することとなりました。つまり、議論すること自体がリスクになるという判断です。
批判的に言えば、悠仁親王殿下以降の継承が不安定であるという問題があるから「安定的な皇位継承の確保」について会議するという趣旨のはずなのに、その核心部分を「機が熟していない」として棚上げしたわけです。
附帯決議は政府に対し「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」について検討し、速やかに国会に報告するよう求めていたにも関わらず、政府は「安定的な皇位継承」そのものについては、踏み込んだ制度案を示さなかったと言えます。
附帯決議の内容はこちら(当サイト別記事に移動します)
ただ、「ゆるがせにしてはならない」という、現状の継承の流れを堅持するという結論を出したこと自体は非常に意義あることと思います。また、「後の混乱を防いだ」という面もあり、もしこの一点が曖昧なままだったら、女性天皇・女系天皇の議論と皇族数確保の議論が完全に混在し、令和8年現在の審議はさらに収拾がつかないものになっていた可能性があります。
それに、後述する「旧宮家の男系男子の子孫を養子に迎える」という案は、あくまで会議では「皇族数確保策」としながらも、結果的には安定的な皇位継承に資することにもなります。
会議の主題になったのは「皇族数の確保策」

「まずは、皇位継承の問題と切り離して、皇族数の確保を図ることが喫緊の課題であります。これについては、様々な方策を今のうちに考えておかなければなりません。」
有識者会議報告書 4.皇位継承と皇族数の減少についての基本的な考え方 より
有識者会議は、機が熟していない将来の皇位継承議論よりも、まずは目下の「皇族数の確保」が課題であるとして、その方策を考えることとなりました。
皇族が極端に減少、またはいなくなるとどうなるのか
1、摂政や「国事行為の臨時代行」を行えなくなる → 天皇の活動、特に外国訪問などに大きな制約が生じるおそれがある。特に摂政の場合は国政が機能不全に陥る恐れがある
2、皇室会議が開けなくなる → 皇室における重要事項を決定できなくなる
3、天皇を身近で支える親族がいなくなる → 天皇の身体的・精神的負担が大きくなる
4、皇室行事・儀式・式典の担い手が極端に不足する → 文化・学術・スポーツ関係の式典、大会への臨席、各種団体との関わり、災害慰問・慰霊、外国訪問などを行えなくなる
つまり、このままでは「皇室が皇室としての形を保てなくなる」可能性が出てきているわけです。
次は、「皇族数を確保するための手段」として3案が提示されたので、これを紹介していきます。
第1案 女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する
皇室典範第12条では、「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。」としています。そのため、現在未婚の女性皇族が今後結婚していった場合、将来的に皇族は悠仁親王殿下ただお一人となってしまうおそれがあります。
そのため、この条を改正し、女性皇族が婚姻後も皇族の身分を離れないこととする案です。
身分保持案のメリット
1. 現在の皇族数減少に最も早く対応できる
これは「外から皇族を増やす」よりも、まず「今いる皇族が減少するのを防ぐ」ということです。そのため即効性があり、皇室典範12条を改正するだけで対応できるため、制度変更の幅も比較的小さいです。また、「今いる女性皇族にそのまま皇室にいていただく」という方法のため、比較的世論に受け入れられやすいものと思われます。
2. 現在行われている女性皇族の公的活動に影響しない
「女性皇族に婚姻後も皇族の身分を保持していただくことは、女性皇族が現在行っておられる様々な公的活動が継続的に行われていくことにつながり、担われる御公務の発展が期待される」
有識者会議報告書 【5.皇族数の確保について】(2)皇族数確保の具体的方策 ① 内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することとすること より
これは第1案の一番強いメリットといえるでしょう。
女性皇族はすでに皇室の一員として公的活動を担っており、各団体との関係や経験もあります。しかし、婚姻によって皇籍離脱となれば、その蓄積が途切れる。身分保持案はその損失を防げるわけですね。
3. 皇位継承順位を動かさずに導入できる
女性皇族が皇族でない男性と婚姻しても皇族の身分を保持するという新しい制度を導入した場合、その子は皇位継承資格を持たないとすることが考えられます。また、配偶者と子は皇族という特別の身分を有せず、一般国民としての権利・義務を保持し続けるものとすることが考えられます。
同上
女性皇族にはもともと皇位継承順位が付されていないため、婚姻後に皇室に残ったとしてもただちに継承に影響を与えるものではありません。
女性皇族の子と配偶者について報告書は、「子は皇位継承資格を持たない」、「配偶者と子は一般国民」とし、皇族としないことにより女系天皇への道を塞ぐ制度設計が考えられると整理されています。
4. 歴史とも整合性がとれている
明治時代に旧皇室典範が定められるまでは、女性皇族は皇族でない者と婚姻しても身分は皇族のままであったという皇室の歴史とも整合的なものと考えられます。
同上
報告書は、女性皇族が皇族でない者と婚姻しても皇族の身分を保持していた例があるとして、徳川将軍に嫁いだ和宮親子内親王の例を挙げています(ただし、親子内親王は生涯子をもうけなかった)。
さまざまな問題点
以上が「女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する案」のメリットでした。
しかし、この案には、「女系皇族」誕生(いわゆる「女性宮家」)と女系継承への発展、配偶者と子の扱い、皇族費への懸念など、さまざまな問題が指摘されています。
果たして本当に身分保持案は「穏当」だといえるのでしょうか?
この点については、後編で取り上げていきたいと思います。
第2案 旧宮家の男系男子の子孫を養子に迎える
皇室典範は第9条で「天皇及び皇族は、養子をすることができない。」とし、養子を禁じています。これは、天皇・皇族の身分は血統によるものである以上、養子という人為的・法的な親子関係は皇室の秩序とは相容れないからです。養子により、皇位継承順位や皇族間の序列が混乱するのを防ぐという趣旨でもあります。
旧宮家養子案のメリット
1. 皇族数の増加と安定的皇位継承の両方に応えられる
皇族が男系による継承を積み重ねてきたことを踏まえると、養子となり皇族となる者も、皇統に属する男系の男子に該当する者に限ることが適切であると考えます。
有識者会議報告書 【5.皇族数の確保について】(2)皇族数確保の具体的方策 ② 皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とすること より
これが最大のメリットといえるでしょう。身分保持案と違い、養子案は皇統に属する男系男子を皇族に迎えることができ、皇族数だけでなく、安定的皇位継承にも貢献する方策といえます。
現在、皇室には11名の女性皇族がおられる一方、男性皇族は半分以下の5名であるため、この点においても男性皇族の人数が増えるメリットは大きいです。
2. かつての皇族を迎える道が開ける
昭和22年10月に皇籍を離脱したいわゆる旧11宮家の皇族男子の子孫である男系の男子の方々に養子に入っていただくことも考えられます。これらの皇籍を離脱した旧11宮家の皇族男子は、日本国憲法及び現行の皇室典範の下で、皇位継承資格を有していた方々であり、その子孫の方々に養子として皇族となっていただくことも考えられるのではないでしょうか。
同上
養子案は、まったく新しい皇族を創設するのではなく、現行の憲法と皇室典範において皇位継承資格を有していた宮家の男系男子の子孫を皇族に迎えることを想定しており、皇室の「血統原理」とも整合し、理にかなったものといえます。
3. 男子を得なければならないプレッシャーを緩和する
未婚の男性皇族が悠仁親王殿下以外いらっしゃらない現状において、皇族が養子を迎えることを可能とすることは、少子化など婚姻や出生を取り巻く環境が厳しくなる中で、皇室を存続させていくため、直系の子、特に男子を得なければならないというプレッシャーを緩和することにもつながるのではないかと考えます。
同上
これも大きなメリットです。
養子案は、悠仁親王殿下に男子を得なければならないというプレッシャーを緩和し得る案といえるわけです。これは宮家の本来的な役割であり、天皇の直系が絶えたときは宮家から皇位継承者を出すことにより、皇統の安定、ひいてはその状況が用意されていること自体が悠仁親王殿下と将来の妃殿下の安心につながるわけです。
4. 歴史的な前例がある
皇室と世襲親王家は密接な関係にあり、(中略)旧11宮家につながる伏見宮家からは、後花園天皇が誕生した。また、(宮家の)歴代当主は、血はどんどん離れていくけれども、その時々の天皇の名目上の養子、猶子として親王に任ぜられ、皇位継承権を有した。
有識者会議 第4回議事録 (5) 百地章氏(国士舘大学特任教授)からの意見陳述及び意見交換 より
括弧内青文字は筆者注記
歴史的には、皇室内でも養子または猶子(養子と大体において同じ意味だが、その違いは割愛し「養子等」という)は行われており、珍しいものではありませんでした。
その目的は、天皇の直系が絶えた時に備え、宮家から皇位継承者を用意することでした。血縁上は天皇と離れているけれども、養子等により擬制的に「天皇の子」すなわち親王となり、皇位継承資格を有しました。
もちろん、近代以前の養子等と、現行皇室典範を改正して旧宮家子孫の男子を皇族の養子とする制度は、まったく同じものではありません。しかし、傍系の皇統にある男系男子を養子とし、皇族数の増加、ひいては皇位継承の備えとするという点では共通しています。
したがって、養子案は「皇室に前例のない制度」と見るよりも、歴史上存在した皇統維持の仕組みを、現代法の枠内で再構成するものと理解することもできます。
指摘される問題点
以上が「旧宮家養子案」のメリットでした。
しかしこの案も、養子となる本人の意思、国民の理解、誰の養子となるのか、憲法上の問題など様々な点が指摘されています。
こちらも、後編で取り上げていきたいと思います。
第3案 法律により旧宮家の男系男子の子孫を直接皇族とする
養子案と違い、法律の指定により皇統に属する男系の男子を直接的に皇族とする方策です。
直接皇族案のメリット
1. 手段が明快
この方策は、皇族という我が国において特別な立場について、養子のような一般国民に広く受け入れられている家族制度とは異なるアプローチで、新たなメンバーを迎えようとするものであるといえます。 ①・②の方策(女性皇族身分保持案と旧宮家養子案)と異なり、現皇族の御意思は必要としない制度であるという面もあります。
有識者会議報告書 【5.皇族数の確保について】(2)皇族数確保の具体的方策 ③皇統に属する男系の男子を法律により直接皇族とすること より
報告書はこの案を「現皇族の御意思は必要としない制度」としており、手段として非常に分かりやすいものといえます。
2. 歴史の前例とも共通点がある
歴史上は、いったん臣籍に下った皇族が、後に皇籍に復帰した例が複数存在します。代表的な例として、平安時代に源定省から皇族に復帰して皇太子となり即位した宇多天皇(第59代)や、宇多天皇の子であり、源維城として生まれたのちに皇族となった醍醐天皇(第60代)が挙げられます。
もちろん、これらは近代以前の制度下の事例であり、現行憲法・皇室典範のもとでの問題と完全に同一視することはできません。しかし、「臣籍にある男系の男子が皇族身分を取得する」という発想そのものには、歴史の前例と共通点があるといえます。
第1案と第2案により皇族数を確保できない時の手段
①及び②の方策では十分な皇族数を確保することができない場合に検討する事柄と考えるべきではないでしょうか。
同上
報告書では、直接皇族案は、第1案・第2案で十分な皇族数を確保できない場合の案として位置づけられました。その理由として、「国民の理解と支持の観点から」実現が難しいことを認めています。
この案は手段が明快である反面、養子案のように現皇族の御意思を前提としないため、制度変更としてのインパクトは最も大きい案といえます。その意味で、報告書が最終的・補充的な手段として位置づけたのも理解できます。
後編では
以上、令和3年有識者会議報告書が示した皇族数確保のための3つの方策を確認しました。
報告書は、悠仁親王殿下までの皇位継承の流れを「ゆるがせにしてはならない」としたうえで、殿下以後の皇位継承については「機が熟していない」として具体的な議論を避けました。その結果、会議の主題は「安定的な皇位継承」そのものではなく、「皇族数の確保」に置かれることとなりました。
しかし、3案にはそれぞれ大きな課題があります。とりわけ、女性皇族の婚姻後身分保持案は、一見すると穏当な案に見えますが、配偶者と子の扱いをめぐって難しい問題を抱えています。
後編では、報告書が示した3案の問題点や課題をさらに掘り下げます。特に、女性皇族の身分保持案が、配偶者と子を皇族とする「女性宮家化」へ進むことの問題、そして旧宮家養子案・法律による直接皇族化案が本来どのような意味を持つのかを考えていきます。



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