今回は『プレジデントオンライン』9/9の記事

「やっぱり「愛子天皇待望論」を無視できなかった…皇室研究家が高市首相の「異例の長文投稿」に読み取った”焦り”」 について反論していきます。
「皇室研究家で神道学者」と紹介されている高森明勅氏の記事です。
今回は特に、記事における「秋篠宮殿下の皇嗣の地位は暫定的であり、確定していない」という主張に反論していきます。
これは高森氏の主張の幹になる部分で、この「暫定皇嗣論」をもとに話が展開されていくためです。
前提の整理
皇嗣とは
皇嗣は、『デジタル大辞泉』によると、
天皇・天子のよつぎ。皇位継承の第一順位にある者。
とあります。かなり簡単に言えば「次の天皇」ですね。
皇室典範でも同様の意味で用いられており、具体的には第8条で「皇嗣たる皇子を皇太子とする」、第4条で「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」など「皇嗣」の語が登場します。
つまり、皇嗣は広く「次の天皇」を示す語であり、皇室典範ではその皇嗣が「天皇の皇子」であった場合に限り「皇太子」という特別な称号を得る、という立て付けになっています。

高森氏「傍系の皇嗣は暫定的な立場にすぎない」
次の天皇として即位されることが確定している直系の「皇太子」とは異なり、傍系の皇嗣はあくまで“その時点”で皇位継承が第1位という、暫定的・相対的な立場にすぎない(園部逸夫『皇室法入門』令和2年[2020年]、ちくま新書)。男系男子の制約があっても、直系の男子が生まれたら、傍系なので直ちに皇嗣でなくなる。
記事から引用
高森氏は、皇太子のみが「確定」した立場であり、傍系の皇嗣は「暫定的・相対的」な立場である、としています。
本文中でも「暫定的な皇嗣にすぎない秋篠宮殿下」としています。
つまり、傍系の皇族である天皇の弟が皇嗣になっても、将来的に天皇の男子が生まれた場合は皇位継承順位が変動する可能性があるのだから「暫定的・相対的」なのであると言っているようです。
反論1 皇嗣殿下の地位は暫定ではない
暫定の意味を理解していないのでは?
まず「暫定の皇嗣」という言葉は「仮の措置」として「今後、皇嗣の地位の変動が予想される場合」が現実的に想定できるからこそ成り立つのです。
地位が将来にわたり変動しない、またはその可能性が限りなく低い場合には「暫定」という言葉は使いません。もちろん、皇室典範そのものにも「暫定皇嗣」などという概念はありません。
確かに高森氏自身が言うように、弟などの傍系男子が皇嗣になったとしても、後に天皇の男子が生まれれば皇位継承順位は変動します。
天皇に男子がいない
→ 弟が継承順位1位=皇嗣になる
→ その後、天皇に男子が誕生する
→ 皇室典範第2条の順位に従って、弟は2位に下がる
これが現実に起き得る場合は、確かに「暫定的」な立場と言えるでしょう。
このようなパターンは現実に前例があり、昭和天皇の皇子である明仁親王殿下(現・上皇陛下)が誕生されるまでの間、昭和天皇の弟宮である秩父宮が一時的に皇嗣になったことがあります。
高森氏引用の園部逸夫『皇室法入門』の説明も、主にこのパターンを想定したものでしょう。
つまり、「傍系の皇嗣だから暫定」なのではなく「将来、皇位継承順位が変動する可能性があるから暫定」なのです。
継承順位が今後変動する可能性は限りなく低い
さて、この「暫定皇嗣」のパターンを秋篠宮殿下にも当てはめることはできるのでしょうか?
常識で考えれば分かることと思いますが、今上陛下と皇后陛下のご年齢を考えれば、今後男子が誕生する可能性は限りなく低いと言わざるを得ません。
こういった状況での皇嗣は「暫定」などとは呼べず、秋篠宮殿下の皇嗣としての地位は「確定」しているものと見るのが当然の帰結です。
高森氏の「暫定皇嗣」論はこの時点で根本的に間違っています。
高森氏「陛下は立皇嗣の礼で宣言などしていない」
驚いたことに、立皇嗣の礼で天皇陛下が“秋篠宮殿下が次の天皇である”と宣言された、などと平気で虚偽を言いふらす者も現れた。だが、そんな事実はもちろんない(立皇嗣の礼での天皇陛下のおことばは宮内庁のホームページ参照)。
記事より引用
これは引用の通りなのですが、高森氏は、天皇陛下は立皇嗣の礼で「秋篠宮殿下が次の天皇である」という宣言などされていないと主張しています。
反論2 いいえ、立皇嗣の礼で宣明されました
これは非常に不可解な主張です。念のため、当時の天皇陛下のお言葉を引用します。
本日ここに,立皇嗣宣明の儀を行い,皇室典範の定めるところにより文仁親王が皇嗣であることを,広く内外に宣明します。
立皇嗣宣明の儀の天皇陛下のおことば(令和2年11月8日)宮内庁
「皇嗣」の意味を再確認しましょう。
皇嗣とは、天皇・天子のよつぎ。皇位継承の第一順位にある者。つまり、「次の天皇」です。
「虚偽を言いふらす者も現れた」とまで強弁しているところを見ると、何かしらの根拠はありそうですが、皇嗣殿下の地位が確定的なものであることは反論1ですでに説明した通りです。
高森氏「皇室典範を改正すれば順位は変わるから皇嗣殿下は暫定」
皇室典範は法律だ。法律であれば、憲法に抵触しない限り、いかなる改正も可能だし、国会が将来それを改正する範囲を、あらかじめ限定することもできない。当たり前だ。
記事より引用
高森氏は、皇室典範は法律であり、改正できるのだから「女性天皇」も「女系天皇」も実現できるとしています。
だから、皇嗣殿下の地位も、悠仁親王殿下の地位も確定したものとは言えないと主張しています。
反論3 「ルールは変えられる」ではあらゆることが暫定になる
これは非常にお粗末な主張です。
つまり高森氏は、
「法律を改正してひっくり返せば継承順序を変えられる。だから暫定だ」
と言っているわけです。
こんな理屈を認めてしまえば法律で決められているあらゆる立場が暫定と化してしまいます。
高森氏は、皇太子は確定した立場であると言いますが、この理論を適用すれば皇太子とて暫定になり得ます。
高森氏は何をもって皇太子を「確定」と言っているのか?
現行の皇室典範第3条は、「不治の重患」や「重大な事故」など、一定の条件のもと皇位継承の順序を変更できるとしています。そのため、たとえ皇太子であっても皇位継承順序が変更される可能性は法律上ゼロではありません。
そうなれば、皇太子の地位は高森氏の言うことに反して「確定」とは言えないこととなります。
しかし、それにも関わらず皇太子の地位は「暫定」などと言われることはありませんし、僕自身も皇太子の地位は「次の天皇」として確定的な立場であると考えます。
それは何故かと言うと、「不治の重患」や「重大な事故」といった例外的な事情まで持ちだして今の地位を「暫定」であると言うことは通常考えられないからです。
これをもって暫定と言ってしまえば、皇太子含む全ての皇嗣は永久に暫定のままとなってしまいます。
この点は高森氏はどのように考えているのでしょうか。
皇嗣殿下の地位も本質的にこれと同じで、「将来的に皇室典範が変わる可能性があるから暫定」などという、皇嗣含む将来のあらゆる地位を不安定化させる暴力的な理屈は常識として通用しないのです。
僕が高森氏に問いたいことは、
「なぜそのような将来の可能性が、皇嗣殿下の地位を「暫定的な立場にすぎない」と評価できるほど現実的なのか?」
です。
そこが示されない限り、「皇嗣殿下の地位は暫定」という結論は導けないのではないでしょうか。
高森氏「『愛子天皇』が皇室の合意である」
■皇室の合意は「愛子天皇」
(前略)
(秋篠宮殿下は)天皇陛下にお子さまがおられる以上、男女の性別に関わりなく直系による皇位継承を望んでおられると拝察できる。
記事より引用 括弧内青文字は筆者注記
そのほか、皇室の方々は上皇陛下の弟宮の常陸宮殿下も、寛仁親王妃の信子殿下も、高円宮家の久子妃殿下も、皆さま直系による継承を望んでおられるご様子が伝わる。
記事より引用
明らかに論理が破綻している「暫定皇嗣」論をふりかざした末に、高森氏はとうとう「皇室の合意は『愛子天皇』」とまで言ってしまいました。
高森氏の一応の根拠としてはかなり大まかに言うと、
「秋篠宮殿下は皇位を継承する意思がない上に、悠仁親王殿下への皇位継承について問われても、これまで一度も正面から回答されていない」というのが理由としています。
ただし、それに続く常陸宮殿下、信子妃殿下、久子妃殿下についてはまったく理由の言及がなく、なぜ高森氏がそう考えているのかは少なくとも今回の記事から読み取ることはできません。
皇族方ご本人が明確に述べられていない「お気持ち」や「ご意思」を、高森氏という第三者が勝手に推測して事実のように扱うことには極めて慎重であるべきです。
ましてこれは皇位継承という、皇室制度の根幹に関わる問題です。
おわり 第二部につづきます
ここまで見てきたように、高森氏の「暫定皇嗣論」はかなり無理のある理屈で成り立っています。
さらにその破綻した自説を押し進めた結果、ついには皇族方の意思表示がないにもかかわらず、憶測のもと「皇室の合意は『愛子天皇』」と主張するまでに至っています。
しかし、もともと高森氏は決して皇室制度に無知な人物ではありません。
國學院大學で神道学・日本古代史を学び、皇位継承儀礼を研究の出発点とし、長年にわたって天皇・皇室について論じてきた研究者です。
だからこそ不思議なのです。
いったい何故、これだけの知識と研究歴を持つ人物が、ここまで無理のある自説に固執するようになったのでしょうか。
次回第二部では、高森氏がこれまで歩んできた議論の変遷を追いながら、こうなってしまった理由を考えてみたいと思います。
高森明勅氏の関連記事



コメント