
10月5日、『デイリー新潮』の
「『このまま皇室に残りたい』 佳子さまが漏らされたお気持ちで注目されるご本心」
という記事について批判させていただきます。
新潮記事の要約
新潮の記事をかんたんに内容を要約すると次のような感じになります。
10月24日に施行される改正皇室典範により、女性皇族が結婚後も皇室に残ることが可能になる。
佳子さまは父の秋篠宮さまから、結婚すれば皇室を離れるものと教えられて育ったが、最近では「このまま皇室に残りたい」とのお気持ちを漏らされていたという。
その背景には、皇籍離脱後も皇室との関係が続く可能性や、将来の天皇となる悠仁さまを支えたいという思いがあるのではないかと推測される。
今後、佳子さまがどのような選択をされるのか、注目される。
佳子さまの情報源がすべて新潮の社内
この新潮記事で最も危うく、なおかつ記事をまったくの無価値にしているのは、情報ソースに何の信頼性もないことです。
皇室記事はふつう「宮内庁関係者」「政府関係者」などといった、いかにも「事情を知る人物」からの情報をもとにするものですが(これも怪しいものばかりですが)、今回の情報源はすべて、新潮自社の「社会部デスク」です。
将来の天皇陛下である弟君の悠仁さまの存在もあってか、ここ最近は“このまま皇室に残りたい”との思いを吐露されていたと聞いています」(同)
記事から引用。「同」というのは情報源の社会部デスクを指しています。以下同じ。
佳子内親王殿下(以下「佳子さま」)が、将来天皇となる悠仁親王殿下のために「皇室に残りたい」という思いを抱かれているとのことですが、
佳子さまやその近しい人物との繋がりを見い出すことのできない「社会部デスク」が「何者かから」聞きました、という内容です。
これは新潮の推測による「感想文」以上でも以下でもなく、いかなる意味も意義も持つものではないと思います。まして、とても「報道」などと呼べるようなものではないでしょう。
自社内からの証言ならせめて社会部デスクの誰なのかはっきりさせるくらいの「意気込み」はあっても良さそうなものですが。
無価値な情報をもとに推測を重ねても無駄
新潮は社会部デスクの推測が正しいことを前提に、「何があったのだろう」とさらに考察を始めます。
秋篠宮さまの教えとは違った方向性を打ち出された背景に何があったのだろう。
この考察に意味はあるのでしょうか。
準皇族的なポジション…?
「仮に皇籍離脱をしても、眞子さんのように海外で独立した生活を送らない限り、準皇族的なポジションやふるまいを求められる可能性は高い。積極的に皇室と関係を断絶させたいのならまだしもそうでないなら“このまま皇室に残”る方が無難だとお考えになった可能性はあると思います。(以下略)」(同)
なぜそう思ったのかよく分かりません。
例えば今上陛下の妹君である、紀宮・清子内親王殿下(現・黒田清子さん)は「準皇族」のようなふるまいを国民から求められているのでしょうか?
どうしてそのような推測に至ったのか根拠を示していただきたいのですが、一切それがありません。
佳子さまは「準皇族的なポジションやふるまいを求められるくらいなら、皇室に残る方が無難」と考えている可能性があると、新潮社会部デスクが思っている根拠を知りたいです。
清子さんは平成29年(2017)以降、伊勢神宮の神宮祭主を務めておられ、その点では確かに皇室との繋がりを感じさせますが、だからといって佳子さまが皇籍を離脱した後にも皇室に関わるご活動をしなければいけない、またはそういった公的な「ふるまい」を求められるとは思いません。
そもそも「準皇族的ポジション」とは何なのでしょうか?
まるで「おもちゃ」のような皇族の扱い
これが歴史ある大手出版社の書く記事なのでしょうか…。
新潮に限らずですが、多くのマスコミはご本人が表明していない心境を描き、皇族の人生を勝手に物語化しています。
今回の記事は特に「社会部デスク」からの情報をもとに根拠もなく、佳子さまが
「準皇族的なポジションやふるまいを求められるくらいなら、皇室に残る方が無難」
と考えているのではといった推測をしています。
これではまるで、佳子さまが利得で皇室に残るかどうかを取捨選択しているかのような印象付けをしており、そこには一切の敬意も感じられません。
新潮は、
むろん最優先されるべきは佳子さまご自身のお気持ちや幸せだろう。
としていますが、
佳子さまのお気持ちが最優先だと言いながら、そのお気持ちの裏付けもないまま記事を作るのは大いなる矛盾ではないでしょうか。
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